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高知地方裁判所 昭和58年(レ)30号 判決 1985年3月26日

控訴人

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

岸本隆男

外七名

被控訴人

小松千代子

右訴訟代理人弁護士

藤原周

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文同旨の判決を求める。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

との判決を求める。

第二  当事者の主張

一  被控訴人の請求の原因

1  被控訴人は別紙第二目録記載の土地(以下「甲土地」という。)を所有し、控訴人はその北側に隣接する別紙第一目録記載の土地(以下「控訴人土地」という。)を所有している。

2  甲土地から公路に通ずる通路としては、被控訴人と訴外北村弘子とが共有する別紙第四目録記載の土地である別紙図面ヘ、ト、チ、リ及びヘの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下「丙土地」という。)があるのみである。なお、丙土地の幅員は〇・九一メートルである。

3(一)  被控訴人は、甲土地の所有権を取得した昭和四一年四月七日以降、同地上に別紙第六目録記載の家屋(以下「被控訴人家屋」という。)を所有してこれに居住し、丙土地を公路に至る通路として使用してきたが、右家屋は、もともと取り壊された家屋の古材を使用して建築したものであつたから、朽廃の程度がひどく雨漏りがするため、改築することが必要となつたので、昭和五五年一一月二六日に取り壊した。ところが、丙土地の前記幅員の関係で、甲土地は建築物の敷地は道路に二メートル以上接しなければならないとする建築基準法四三条一項の規定に適合しないため、新築のための建築確認が得られず、被控訴人は、甲土地に家屋を建築し、これを宅地として使用することが不可能となつた。

(二)  民法二一〇条一項にいう「公路に通ぜざる」いわゆる袋地か否かの判断は、いかに狭くとも通路がありさえすれば公路に通ずるものとし、しからざる場合のみを袋地とするというように、画一的、形式的になすべきものではなく、土地の用法及び形状、地域性、取締法規等諸般の事情を考慮して判断されるべきものであり、公路に通ずる道路があつても、これが土地の用途に応じた利用をするために不適当であれば、右土地は袋地と解すべきものである。

そして、甲土地は、被控訴人が被控訴人家屋を取り壊し、同地上に家屋を新築する必要が生じた昭和五五年一一月二六日に、既存通路の丙土地が幅員が狭いため甲土地の宅地としての利用に適した通路でなくなつたことにより、民法二一〇条一項に定める袋地に該当することになつた。

4  ところが、丙土地の北側に隣接する別紙第三目録記載の土地(以下「乙土地」という。)及び南側に隣接する別紙第五目録記載の土地には、従前から建物が丙土地との境界線まで一杯に建てられており、これらの土地を丙土地の幅員を拡げるために利用する余地は全くなく、強いてこれをしようとすれば右隣接地所有者に重大な損害を与え、社会経済上の損失も大きいものとなる。

これにひきかえ、控訴人土地は、国家公務員宿舎の敷地であるが廃屋があるのみで放置されており、特にそのうち別紙図面イ、ハ、ニ、ホ及びイの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下「本件係争部分」という。)は、宿舎の庭の一部にすぎず、かつ、甲土地から公路に通じる最短距離のところであり、甲土地の他の周辺土地を通路とする場合に比較して、損害の最も少ない場所である。

したがつて、甲土地のための通行権の対象地としては民法二一一条一項の条件を具備する本件係争部分が相当である。

5  右4の事実に加えて、甲土地は、被控訴人の唯一の資産であり、被控訴人の同土地上に居宅を建築する予定であるところ、通路がなくては、宅地としての効用のない遊休地となり、永久に被控訴人において使用できないものになるなどの諸事情を合せ考えれば、控訴人において被控訴人が本件係争部分を通行するのを拒否することは権利の濫用となり許されないものである。

6  控訴人は、被控訴人が甲土地のために本件係争部分につき通行権を有することを争い、被控訴人が本件係争部分を通行することを拒否する。

7  よつて、被控訴人は控訴人に対し、被控訴人が本件係争部分について通行権を有することの確認と、被控訴人が本件係争部分を通行することを妨害しないことを求める。

二  請求の原因に対する控訴人の認否

1  請求の原因1、2の事実は認める。

2  同3の(一)のうち、被控訴人が甲土地上に被控訴人家屋を所有し、これに居住して、丙土地を公路に至る通路として使用してきたこと、右家屋が昭和五五年一一月に取り壊されたことは認める。その余の事実は不知。

3(一)  同3の(二)は争う。

(二)  建築基準法四三条一項が建築物の敷地は道路に二メートル以上接しなければならないとするのは、防火上、災害時の避難上、あるいは交通上重大な危険の発生を未然に防止するなどの公益的見地から、建物建築のための敷地の用法を制限するものであり、かつ、そのためのみのものであつて、当該敷地のための通行権の存否、範囲を定める趣旨ではない。したがつて、既設の通路が同法所定の幅員に充たないところから建築確認が受けられないという理由だけでは民法二一〇条一項所定の囲繞地通行権は成立しないというべきである。

(三)  民法二一〇条一項所定の袋地に当るか否かは、当該土地が同法所定の要件を備える客観的状態にあるか否かにより決すべきであり、当該土地上に家屋が存在している間は袋地ではないが、家屋を取り壊すと当該土地が袋地になるというが如きことは、右法規の予想していないところである。

4  請求の原因4のうち、控訴人土地が公務員宿舎の敷地であり、本件係争部分がその庭の一部であることは認める。その余は争う。

5  請求の原因5は争う。

6  同6は認める。

三  控訴人の抗弁

1  甲、乙、丙の各土地は、もと一筆の土地であつたものを訴外茨木出衣と訴外北村寿重が共有していたものであるが、昭和三六年四月ころ、甲土地の茨木出衣が、乙土地は北村寿重がそれぞれ取得し、丙土地は通路に供するため右両名の共有とすることの合意が右両名間で成立した。

その後、昭和四一年四月七日茨木出衣から被控訴人へ甲土地及び丙土地の茨木の持分が贈与され、昭和五五年一〇月二三日北村寿重は乙土地及び丙土地の同人の持分を訴外北村弘子に贈与した。

なお、甲、乙、丙の各土地は前記分割の前には茨木出衣の単独所有名義に登記され、更に昭和四一年四月八日被控訴人に所有権移転登記手続がなされていたが、昭和四一年九月一三日に登記名義を実際の権利関係に合致させるため甲、乙、丙の各土地に分筆したうえ、乙土地と丙土地の持分二分の一とを被控訴人から北村寿重へと所有権移転登記手続がされ、次いで昭和五五年一〇月二五日付で北村寿重から北村弘子へと右各土地の所有権移転登記手続がされた。

2  したがつて、仮に甲土地が袋地であるとしても、甲土地は共有物の分割により公路に通じない土地になつたのであるから、被控訴人は民法二一三条により乙土地所有者に対して通行権を主張できる者であり、それ以外の隣接地である控訴人土地に対する通行権は生じない。

3  仮に袋地・囲繞地の特定承継人には民法二一三条の適用はないとする立場をとるとしても、甲土地の前所有者である茨木出衣と被控訴人とは被控訴人家屋で同棲していた内縁の夫婦関係にある者であり、また北村弘子は北村寿重の子であり、かつ、甲、乙、丙の各土地を分割した当時は茨木出衣と同居していた同人の妻であるから、被控訴人と北村弘子とは実質上の分割当事者とみるべきものであり、その間に民法二一三条が適用される関係にある。

四  抗弁に対する被控訴人の認否

1  抗弁1の事実中、茨木出衣から被控訴人へ甲土地及び丙土地の持分の贈与がなされ、北村寿重から北村弘子へ乙土地及び丙土地の持分の贈与がなされたこと、並びに各登記がなされていることは認める。

2  同2、3は争う。

五  被控訴人の再抗弁

仮に甲土地が共有物の分割により公路に通じない土地になつたものであるとしても、被控訴人と北村弘子は右分割当事者の特定承継人であるから、民法二一三条は適用されない。すなわち、同条は、分割若しくは譲渡の当事者が袋地をつくつた場合には、その通路の問題は右当事者間で処理すべきであるという趣旨のものであり、右当事者の特定承継人には適用されない。そうしないと、分割、譲渡が繰り返された場合に、無償の囲繞地通行権の存在を知らないために不測の不利益を受ける者が生ずるおそれがあるからである。

六  再抗弁に対する控訴人の認否

争う。

なお、民法二一三条は分割等の当事者に限って適用されるとすると、恣意的な譲渡をすることによつて第三者の土地上に囲繞地通行権を認める結果を招くなど不当な結果が生ずる。したがつて、民法二一三条により一たん生じた囲繞地通行権は、分割等の当事者に限らず、その特定承継人の間でも引き継がれるというべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二請求の原因3の事実中、被控訴人家屋は昭和五五年一一月に取り壊されたこと、控訴人は甲土地に隣接する控訴人土地を所有していることについては、いずれも当事者間に争いがない。

そして、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

被控訴人家屋は、昭和三六年四月ころ茨木出衣が古い家屋を取り壊した古材を使用して建築したもので、昭和五五年ころには全般的に老朽化して、腐朽、損傷の程度が著しく、その建替えの必要に迫られた。そこで被控訴人が大工の訴外山下哲男にその改築を請け負わせたところ、同人は、建築基準法の知識に乏しかつたことから、甲土地の如き都市計画区域内の土地を建築物の敷地とするには道路に二メートル以上接しなければならないとする建築基準法四三条一項の規制があることを看過したまま、被控訴人家屋を取り壊した。ところが、甲土地及び丙土地では同法の右規制の要件を充たしていないことから、甲土地に新たな家屋を建築するについて同法六条所定の建築確認を受けることができず、また、丙土地の隣接地は、いずれも境界線一杯まで建物が建築されている状況にあるため、丙土地の幅員を拡げるについて右隣接土地の所有者の承諾を得ることもできないこと、控訴人土地を通路とすることは拒否されていること(このことは当事者間に争いがない。)から、被控訴人は現在に至るまで甲土地上に家屋を建築することができず、甲土地を空地にしたまま放置するのやむなきに至つている。

右認定に反する証人北村寿重の証言部分は採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

(別紙)

三以上のとおり、建築基準法四三条一項所定の制限により被控訴人は甲土地上に建物を新築することができなくなり、そのために甲土地は宅地としての用をなさなくなつたものであるが、前示のとおり、被控訴人は、甲土地を宅地として利用し、丙土地を甲土地から公路に至る通路として利用していたものであるところ、そのことにより甲土地の利用に格別の支障を生じていたとは認め難いから、甲土地は民法二一〇条所定のいわゆる袋地とはいえない。

けだし、建築基準法四三条一項の規定は、防火等の公益的見地から、行政上、建築物の敷地となる土地の用法を制限したものであり、かつ、その趣旨のみのものであると解され、同法の規制が囲繞地通行権の存否、範囲を定める趣旨までも含むとして、その結果囲繞地所有者の権利を制限するに至ることまで予定しているとは解されないからである。

確かに、囲繞地通行権の存否、範囲を定めるについて同法の規制を配慮しないときは、本件甲土地の如く、建物の築造ができなくなり、宅地としての効用を失うものが生ずることになるが、同法の規制は、公共の福祉を維持する見地からの財産権に内在する制約の結果として、当該土地に課せられたものであり、やむを得ないものとみられる。

四控訴人土地が公務員宿舎の敷地であり、本件係争部分がその庭であることについては当事者間に争いがない。そして、このことと前記二の事実並びに原審における被控訴人本人尋問の結果(第一、第二回)、原審及び当審における各検証の結果により認められるところの、甲土地は、被控訴人の唯一の資産であり、被控訴人は同土地上に居宅を建築する予定であるところ、通路がなくては宅地としての効用のない遊休地となる可能性もあることを合せ考えても、前記三の判断を左右するものではなく、また、右の事実から控訴人が本件係争部分を被控訴人が通行するのを拒否することが権利の濫用となるとすることはできない。

五したがつて、更にその余の点について判断するまでもなく、被控訴人の請求は失当とみられる。よつて、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法三八六条に従い、これを認容した原判決を取消し、被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山口茂一 裁判官金子與 裁判官長井浩一)

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